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東京地方裁判所 平成2年(ワ)2081号 判決

原告 渡邊由美子

右訴訟代理人弁護士 木ノ内建造

被告 名越幸子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 斉藤勘造

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金八六万九〇五六円及びこれに対する昭和六三年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金二三六万〇一八五円及びこれに対する昭和六三年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

一  (争いのない事実)

昭和六三年一二月二〇日正午ころ、岩手県二戸郡安代町字細野一一七―一所在の安比高原スキー場中央ゲレンデハヤブサコース(以下「本件コース」という。)上部付近において、同所をスキーで滑降していた被告名越幸子(以下「被告幸子」という。)が転倒して同コースを転がり落ち、前方をスキーで滑降中の原告に衝突して転倒させ、原告に対し、右膝内側側副靭帯損傷及び右膝反復性膝蓋骨亜脱臼の傷害を負わせた(以下「本件事故」という)。

本件は、被告ら両名が、原告に対し、本件事故の責任を認め、損害賠償する旨の約束をしたことを理由とし、選択的に被告幸子に対し、不法行為に基づき損害賠償を求めたものである。

二  (争点)

被告らは、被告ら両名が損害賠償をする旨の約束をしたこと、その有効性、被告幸子の行為についての過失、違法性および原告主張の損害額を争うものである。

第三争点に対する判断

一  不法行為の成立

1  《証拠省略》及び前記争いのない事実によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告幸子は、スキー歴二年で、スキースクールに半日入会したことがあり、本件事故に至るまで通算して約二〇日のスキー経験があるものの、スキーの技術はいまだ初級に属するものである。

(二) 本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりであるが、本件コースは前森山の頂上から麓に降りる滑降コースであり、傾斜がかなり急で、その上部は幅が狭く中級以上の者のコースであった。そして、被告幸子は、本件事故の時、初めて本件コースを滑降したものであった。

(三) 事故当時の天候は、霙まじりの吹雪であり視界が悪く、かつ、積雪が約四〇センチメートル程あり、シュプールはすぐに消えてしまい、スキーで滑降しにくい状況であり、コースの両側には立ち止まっているスキーヤーも少なからずいた。

(四) 被告幸子は、本件事故の直前、少し開き気味のボーゲンで本件コースを滑降していたが、思いのほかスピードが出てしまいうまく制御できず、別紙図面記載の②の地点で、雪の斜面に突っ込み転倒するような恰好で停止し、その後、再度、ボーゲンで滑降を開始し、コースを左斜めに約三〇メートルほど滑降した時点でバランスを失して尻餅をつくような恰好で転倒し、前方に原告を認めたが、自らを制御できないまま滑降中の原告に向かって約一〇メートル滑り落ちていった。

他方、原告は、本件コースを他のスキーヤーに注意しながらスピードを押え気味に滑降していたが、別紙図面③の地点で、背後から滑り落ちてきた被告幸子に衝突されて転倒した。その後、原告は、被告幸子に押されるような形で両者とも約一〇メートル下方に滑り落ちて停止した。そして、右衝突が原因で原告は第二、一記載の傷害を負った。

2  以上の認定事実によれば、被告幸子の技量はいまだ初級に属し、現に本件事故の直前においても速度をうまく調節できず、雪の斜面に突っ込んで停止するという未熟な方法を取っているのであるから、中級以上の者を対象とする本件コースを前記のような滑降が難しい状況下において滑るにあたっては、滑る方向やコースを良く選び他のスキーヤーの動静に注意し、速度をできるだけ制御し、場合によっては歩行し、事故が発生する危険がある場合は直ちに停止するなどしてその発生を未然に防止する義務があるのに、これを怠り、漫然と滑降を再開し、前示のように、バランスを失して転倒し、なんら制御することができないままで原告に衝突して負傷させたというのであるから、被告幸子に過失があるというべきである。

また、スポーツやレクリエーション中の事故については、そのスポーツやレクリエーションのルールないしはマナーに照らし、社会的に許容される範囲内における行動により、他人に傷害を負わせた場合は、いわゆる正当行為ないし正当業務として違法性が阻却されると解すべきであるが、これを本件事故についてみれば、傾斜急で幅員も狭く前記の天候や積雪等の状況下において本件コースを滑降するにあたっては、他のスキーヤーとの衝突事故を回避するためには、慎重な滑走が要求され、場合によっては、スキー場の安全に配慮して歩行により下山することを考慮することもスキーのルールまたはマナーというべきところ、被告幸子は、前記のとおり、スキーの技術としては初級程度であり、しかも本件コースを初めて滑降するものであり、本件コースの状況も滑りにくい状況にあったにもかかわらず、漫然と滑降を続け、本件事故を起こしたものであって、そのルール及びマナー違反に照らし社会的に容認される範囲の行為ということはできず、違法性は阻却されないものというべきである。

3  以上のとおり、本件事故に関し、被告幸子に不法行為が成立するものと認めるのが相当である。

二  損害額

1  治療費 九四五〇円

《証拠省略》により、未払い治療費として右金額が認められる。

2  治療器具(補装具)費 一万四四二〇円

《証拠省略》により認められる。

3  通院交通費 八万〇三一〇円

《証拠省略》により、負傷の治療のための通院交通費として右金額を支出したことが認められる。

なお、原告が交通費等の費用として請求するその余の部分は、本件事故による負傷の治療のため必要な費用であるかは明らかではなく、むしろ慰謝料を算定するにあたり考慮すべきものとするのが相当である。

4  休業損害 三〇万四八七六円

《証拠省略》によれば、原告は、平成元年一月二六日から同年四月一二日までその勤務する株式会社三菱油化ビーシーエルを欠勤し、休日を除いたその実際の休業日数は六三日であること、原告は、本件事故直後の昭和六三年一二月二二日から平成元年一月二五日までのおよそ一月間、断続的であるにせよ通勤し就業していたこと、その勤務内容は主にデスクワーク中心であったこと、傷害の程度としては手術を要せず、装着していたギブスもおよそ一週間で外すことができ、その後はサポーターを装着をしていたが歩行はどうにか可能であったこと、原告は、同年四月一三日職場復帰をしたが、その契機となったのは会社の昇級試験を受けるためであったことの各事実が認められ、これらの事実を総合すると、原告は、平成元年一月二六日から同年四月一二日までの間において、就業の積極的意思がありながら本件事故による負傷により働くことが全て不可能と認められるのは、右期間のうち約一月間であったというべきである。

もっとも、《証拠省略》によれば、安静加療を要する期間の診断が、二週間あるいは四週間と断続的に追加継続されていることが認められるが、安静加療という診断結果が直ちに就業不可能であることを意味するものとは認められないし、また、《証拠省略》中には、一九八八年一二月二〇日から一九八九年四月一二日まで就業不可能であったとする部分があるが、前示のとおり、本件事故直後一月間は一応通勤し就業していたことや、前記の証拠に照らしにわかに信用できない。

そこで、損害額を検討するに、《証拠省略》によれば、平成元年一月に支給された給料は一ケ月二五万〇九〇七円と認められるので、原告は、同額の休業損害を被ったと認められる。

また、《証拠省略》によれば、平成元年六月三〇日に支給された賞与のうち、控除された賞与は一三万八五二〇円(休日を含む通算七七日間の欠勤に対応する控除額)であることが認められるので、これを基礎にした一ケ月分の控除額五万三九六八円も休業損害と認められる。

以上から、休業損害は三〇万四八七六円となる。

5  スキーウェア破損による損害 六万円

《証拠省略》により認められる。

6  慰謝料 三〇万円

本件に表れた諸般の事情を考慮すると、三〇万円が相当である。

7  弁護士費用 一〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一〇万円と認めるのが相当である。

以上から、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、八六万九〇五六円となる。

三  損害賠償の合意

《証拠省略》によれば、被告幸子と同人の父親である被告名越操は、昭和六三年一二月二八日、原告に対し、本件事故に関し、責任を認め損害賠償を負う旨約したことが認められる。

これに対し、被告らは、甲第一号証の誓約書を作成するにあたり、その内容を理解せずに署名捺印したものであり、また、被告幸子には過失がないにもかかわらず、過失があると誤信して行ったものであるから、無効である旨主張するので判断するに、前記一で認定したとおり、被告幸子には本件事故につき不法行為責任が認められ、前提条件についてなんらの錯誤はないし、右各証拠によれば、被告らは甲第一号証の誓約書を作成するに当たり、十分その意味を理解したうえ、署名捺印したことが認められ、これを無効とする理由は何ら存しないものである。

なお、右誓約書においては、「治療期間中に発生する種々の問題を解決し被害者とその家族が事故以前の日常生活を営むための費用の全てを負担いたします」との記載があるが、これは、本件事故による原告の負傷と相当因果関係のある損害について賠償するという趣旨と解するのが当事者の合理的意思に合致するものである。したがって、被告名越操においても、前記認定の賠償額の範囲で損害賠償義務を負うというべきである。

第四結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、金八六万九〇五六円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和六三年一二月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、第九二条ただし書、第九三条一項本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 姉川博之)

〈以下省略〉

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